「横一文字」と「打ち下ろし」(その二)
【横一文字】 以下は、昭和3年に穂岐山先生へ河野先生が書簡で質問して得た返答に基づいています。 1、付けの右拳は肩の高さとなる。 2、右拳の位置は左右の肩を結ぶ線上より、6,7寸位前方に出す。それより後ろになる と引き切り気味になるので、30度の広角にする。 3、剣先は拳の高さと同じ水平線が原則であるが、幾分下がるも可とするが、前方より 見た時、刀の上を見せず下側を見せるようにする。 福井虎雄先生も上記の教えを実行しているので、私も見習っています。 【打ち下ろし】 打ち下ろし寸前の振りかぶりは鍔が後頭部に少し隠れる位となります。 従って、左拳も前額部より少し後ろまで振りかぶる。これは、昔、福井虎雄先生が取っていた位置であり、打ち下ろしにおいても引き切りにならず押し切りとなり、切っ先が直線的に最短距離で、敵の顔面に向かうことが出来ます。 これは始めて私が手ほどきを受けた日名子師の振りかぶりのポジションでもあります。 2026.3.20会水
「横一文字」と「打ち下ろし」
武技である居合が、今やアート化しているように私の目には映ります。むしろ形骸化とも言えるのではないでしょうか。 戦国時代に編みだされた技が、今日、実戦の場がないとのことで、現代的な解釈で捉えたのでは元も子もありません。 穏やかで落ち着き払った技が評価されることは、少なくとも私の若い頃にはありませんでした。 このような観点をもって、以下を述べます。 【横一文字】 私も昔は、「鯉口を離れた瞬間に切っ先が上方に向かう」ことを叩き込まれました。 今では、その技法が広く普及し、常態化しておりますが、それでは実戦から遠ざかってしまいます。 私は独立以来、目指すべきお手本を変えました。 新たなお手本によると、「鯉口を離れた切っ先が上方に浮き上がることは、どの場面を切り取ってもあり得ず、鯉口から的(始めに当てる場所)まで、直線的に向かう」ということです。 切っ先が上方に浮き上がると、的(始めに当てる場所)までの距離か伸びる(遠くなる)ことで、物理的な時間がかかり、間合いとの距離も遠くなります。 【打ち下ろし】.
稽古の揺るぎないスタンス
私自身のスタンスは、その技が最上のものと前提したうえで、21代宗家福井虎雄一択です。 これは、江坂道場からの独立とともに決意したものです。 他の多くの教えに接ることにより混乱もおこりうるし、それに対処したり、他の教えを試したりする時間的余裕もキャパシティーも自分にはないからです。 詰まるところ情報過多は意識が分散してしまうため、一点集中しないと何も達成出来ないと信じるからでもあります。 時々、他の技前と比較することはありますが、それは他山の石としてのものであり、なるべく目標とするものに専念したいと常々考えております。 それには先ず福井宗家の外形、つまり見た目の形(かたち)と動作をとことん真似ること、そこには、間と間合いも含まれますが、丸写しするほどに稽古したいと考えております。 私の場合は、身体を柔軟に用いたり、体幹を鍛錬すること等々で、技前が仕上がって行くというものとは逆で、とにかく形ありきで、「その過程を通して、前述の柔軟性の他、必要な要素が自ずと備わるもの」というスタンスです。 私にとっては、柔軟性や体幹は二次的

