稽古の揺るぎないスタンス
私自身のスタンスは、その技が最上のものと前提したうえで、21代宗家福井虎雄一択です。 これは、江坂道場からの独立とともに決意したものです。 他の多くの教えに接ることにより混乱もおこりうるし、それに対処したり、他の教えを試したりする時間的余裕もキャパシティーも自分にはないからです。 詰まるところ情報過多は意識が分散してしまうため、一点集中しないと何も達成出来ないと信じるからでもあります。 時々、他の技前と比較することはありますが、それは他山の石としてのものであり、なるべく目標とするものに専念したいと常々考えております。 それには先ず福井宗家の外形、つまり見た目の形(かたち)と動作をとことん真似ること、そこには、間と間合いも含まれますが、丸写しするほどに稽古したいと考えております。 私の場合は、身体を柔軟に用いたり、体幹を鍛錬すること等々で、技前が仕上がって行くというものとは逆で、とにかく形ありきで、「その過程を通して、前述の柔軟性の他、必要な要素が自ずと備わるもの」というスタンスです。 私にとっては、柔軟性や体幹は二次的
自らの技前を正す
本年も厳粛な緊張感のなか、靖国の御社に演武奉つることが出来ました。 来年の奉納に向け、靖国の御霊に恥じぬよう更なる精進をねねばと心新たにした次第です。 演武に於きまして己の未熟な姿を目の当たりにし、その余りの拙さを省みて精進不足を痛感いたしました。 今年から暫くは道場ならびに地区周辺にて技量向上に努めます。 第一に適正な足幅の習得。第二に体幹を正し特に左右の傾きに注意する。第三に節度強弱をもって間を詰める。第四に敵を攻める心持にて戦気ある実戦技に徹する。第五に全てにおいて停滞せず流れを止めない。以上五条項も目指す。2026.1.20会水
床打ち(床切り)と手の内
床打ちも二通りで、手の内不十分によるものと、勝負を決死した後での勢い余ってのものがあると考えている。後者について福井虎雄先生は「元気があって宜しい」と大声で叫んで下さった。 それは十分に敵を切った後であり、物打ちも働いていたからである。手の内不十分のものに関しては、「小指、無名指(薬指のこと)をしっかり絞めて親指の基部で柄を押せ」との檄が飛んだ。 競技においてはこの頃、床打ち即アウトというのが習わしのようであるが、我が道場員はよくよく観察眼を養ってほしいものである。2025.12.18会水
二歩幅についての教え
足の備えは技の根幹であり、前後の足幅は我が英信流においては二歩幅を旨とする。 その心得は、一歩とは前足と後足の間に一足入った幅であり、半歩とは前足かかとの直後に後足のつま先が従う幅である。 従って、二歩幅とは、多少の個人差はあるにせよ、前足と後足の間におおよそ自分の足が三足入る幅となる。とはいえ個々人の体格等によって寸法が異なってくるのは当然である。 たとえ年齢や身体状況によっては、足幅が不十分にならざるを得ない場合でも、安易に妥協せず、気持ちだけは、あくまでも適正な足幅を認識して指導していかねばならない。そしてそれが正流の継承と言うことである。 英信流においては、足幅が極めて重要であり、剣理の土台を成すものであるから、決して疎かにすることは出来ない。2025.10.22会水
無駄を削ぎ落す
居合に関してある程度のことを習得後、そこからは不必要な要素を削っていくことが、向上のためには有効である。 昔から余計な力や動作を削ぎ落すことを奨励されて稽古してきたが、その大切さが近頃分かってきた気がする。 物を覚えるためには、余計なことを忘れることが必要であり、忘れることは老化現象ではなく、また脳細胞の減少は頭から無駄を無くす合理的発展的節理であるとの説もある。 話が逸れてしまったが、本題の居合に戻ると、確かに無駄を取り除くと新たなことを思いつくし、色々と展開していくことを実感している。 そこから考えると情報に関しても同様、十分留意して取捨選択することは、無駄を削ぎ落すことに通ずると思う。2025.10.14会水
英信流の横血振り
(居技の場合) 打ち下ろした切っ先の位置から布を割く心持にて勢いよく、八寸強(約25cm)または一尺(約30cm)右に開く。※全日本居合道刀法の場合は、一尺(約30cm)右に開く。 血振った時、右拳の位置は右膝の高さ、鍔の位置は右膝の線にあること。 (立技の場合)...
私の稽古則
〇目標目的を一つに絞る あちらこちらに目を向けると、意識が分散してしまうから向上は望めない。 私は21代宗家をゴールに定め、他を顧みることは一切しない。他の技の良いところを参考とするなどは分散を招くから、よそ見しないで一点集中する。 ...
稽古あれこれ
広く一般に残された21代の動画は、教本としての意図により、あえて本来のダイナミックな迫力を押さえているような印象を持っている。そうだとすると、サラッと見る者にはその凄さはほとんど分からないであろう。 しかしながら、よくよく観察すると(道場員の中にはスロー再生している剣...
...の振り(ふり)をした技
居合においては、振りをなくすよう自戒しなければならないと思っている。振りとは、粉飾とも言える。 たとえば、気勢気迫、眼光、技の大きさ、速さ、強さなどに対する色々な振りがある。 自分の技前をよくよく見つめることは元より、他所の技が本物か否かを評価する目も養わなけれ...
お手本の見方
先ずは一つの手本を選び、とことん真似ることである。 技をパーツに分解してとらえ、複数の技前の良いとこどりをすることは決して望ましいこととは言えない。 また、途中で手本を選びなおすこともなくはないが、新しい手本に転換することは相当な意識の変更と労力を伴うことを私自身も...

