top of page

気勢気迫について

  • 5月20日
  • 読了時間: 1分

 先日、気勢気迫は何処から現れ何処に向かうか、について私見を書いた。

 

 その主旨は、自分の外に在る気迫を自分に意識に取り込み、それを敵に向かって発する云々であった。

 

 気迫のない居合は死物であるから、それを欠くことの無きよう、居合人はすべからく自戒せねばならない。

 

 気迫は己の中にこもったものでないにも関わらず、己の中から発せられ、敵を貫くものでなくてはならない、、、誠に捉えがたい難題である。

 

 いわゆるゾーンに入った状態でもなし、丹田に宿り、また宿すものでもない。

 

 稚拙な認識かも知れないが、居合に関しての気迫は、敵と第三者にしか感知しえないものではなかろうか。言い換えれば、それが自意識にあがった瞬間、敵の術中に落ちることとなる。

 

 何れにせよ、居合伎を判定する際の重大なファクターであろう。2026.5.20会水

 

 
 
 

コメント


特集
後でもう一度お試しください
記事が公開されると、ここに表示されます。
最新のお知らせ
Archive
Search By Tags
Follow Us
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page