速さの追求
- 15 時間前
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剣術は斬るか斬られるかであるから、自分の切先が先に相手に達しなければならない。
虎雄先生は言われた「たとえ非力な相手であっても、先に当てられたら負けだ。日本刀はよく斬れるだでな」と。
それゆえ、居合の要諦は速さであると確信している。
自分はむかし、「瞬く間に、敵を切り倒し納刀する」というイメージを以って居合を始めた。
目にも止まらぬ速技とは、「自然な動作ゆえに相手の目に止まらないのだ」という文脈で語られ、これも真なのであろうが、ここで言いたいことは物理的な速さである。
物理的とは、何分の何秒という計測的なスピードのことである。
このように申すと、「居合は急ぐ必要はない、自然な動作こそが肝である、居合修業は敵を倒すためになすものではない等々という声が必ず聞こえてくる。
しかしながら、冒頭で述べたとおり、急がずゆっくりとした動作では、対敵の場面では命取りとなる。
悠々とした落ち着いた技は、何のためになすのか、精神修養のためとでもいうのか。
自分は常に対敵を意識したいので、むしろ悠然としていない、落ち着きのない、俊敏な技を目指している。
稽古においては、全力で、一本目より二本目、二本目より三本目と最後まで速さを意識している。2026.8.17会水

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