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入口は無数でも出口がなかなか見つからないのが居合の道

標題の言葉は、かつて先師から伺ったフレーズである。探求には際限がないということか。


何故そうなったかは後に述べるが、常に憧れて来た21代福井宗家の技前を正統正流と明確に思い定めたのは、平成22年に居合道修塾を創立したときからである。


技前は個人のクオリティーに依拠しているところが大きい。また外面の形(フォーム)や理合いは技量の現れでもあるから、そこに及ばない場合は自ずと変形せざるを得ず、技が多様かしている要因ではないかとさえ思っている。


居合へ入門し立てで何も分からなかった頃から、21代福井宗家の技には魅力を感じていたが、修業の目標をそこに定めたのは、非力で不器用な自分には一点集中するしか探求のすべがないと悟り、自ずと他との比較や、他からの指導を受ける余力がないという心境に至ったからだと思う。


今となっては、それが間違いではないと確信し、遥か遠方の出口に向かって稽古している。近頃では益々出口を遠く感じている次第であるが。2023.5.9会水



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