具象的な技
居合は芸術ではなく武術である以上、抽象ではなく、強いて絵画に例えるならば、写実的な技が求められます。 技における具象とは実利的で具体的だということで、細部を追求するということです。 そのためには、感性を論じない方がよく、なぜならそれは他人の範疇であって自分とは無関係だと思う...
稽古の目当て
各々が出来るところまで技を追い、各々が出来るところまでそれを後人に伝える。 伝統を追わずに勝手なことをやっていては、何遍やっても何処にも辿り着くことが出来ません。 勝手にやるのではなく、目当てをもって稽古されることを切望します。...
全力で抜く
技は全身の隅々に力を込めて発動するわけですが、そのためには身心に宿ったエネルギーを出し惜しみせずに使います。 身心自体がエネルギーですので、使うと消耗するという意識を持たないかぎり、それが枯渇することはありません。 むしろ出し惜しみするほど、エネルギーは失われます。...
武術では技と身体は一緒のもの
武術において、技と身体は同一なので分けて考えることは出来ません。 五体を技に合わせて武技化するのが武術の鍛錬だとすると、先ず技があり、それに身体が続くように思えますが、実際には両者を分けることは出来ません。 基礎体力や運動能力を向上させることは、健康のためにもよいことですが...
日進月歩
私は、伝承された技を少しも改変せずに守り続けたいと考えておりますが、十年一日の如くに一所に止まるのではなく、守るためには進歩向上のための変化がなくてはならないと思います。 ここで言う変化とは、技を改変するという意味ではなく、自分の技の進歩に伴って変化するということです。...
武技と人間技
居合道では、人間の自然な身体機能に任せるのではなく、先人が編み出した武技に自分の身体の方を合わせていくものです。 技を体力や身体能力や個性に合わせる、いわゆる人間技では、たとえ上手でも正確に技を伝え残すことは出来ません。...
神前の礼
礼をする対象からして、神社の神官の所作に習うべきものと思います。 礼をするときには、峰部に人差し指を真っすぐにして添え、刀を45°に傾けて腿の側面に手を付けます(礼の終始にわたって、手はその場に固定したままとし、上下に移動させないこと)。...
足裏について
裸足、足袋とも、場の条件に左右されないためには、擦らず、摺らずに床と紙一重で運ぶのが適します。 その時の足裏の部位は、足先よりも足首に近いところを主体とする方が、合理的な移動が出来ます。 足裏は居合技の基礎となるので、固定観念にとらわれず、工夫する価値はありそうです。会水
抜付け・打下し
各動作の無駄を極力省き、動作を機敏にして隙を作らないようにし、特に抜付け・打下ろしについては、切っ先の滞空時間が長くならないように、出来るだけ最短距離で運ぶよう色々工夫すれば、切っ先の軌道が徐々に短くなり、敵に速く到達するようになる。会水
伝える方法について伝えたい事
一、正しい技を習得してもらうために、丁寧に正しく伝える。 技の意義、そうする理由まで理解してもらう。 二、それらが、その人個人に止まらず、自分が得たことを次の人へ伝える方法も伝える。 これを代々繰り返すことが大切であることを伝える。...