いつも皆さんから学んでいます
- 山崎修明
- 2017年6月25日
- 読了時間: 1分
昨日の稽古で、メンバーのつま先の方向が気になったので自分の足元を見たら皆さんと同じでした。自分でも気づかずについていた癖をうつしてしまった気がします。風邪をうつすのとは訳が違うで大いに反省です。
目の前の現象は、「自分を映した鏡」と言われますが、自分のことは正直に外にあらわれるものなのだなと実感しました。
何事においても、学びは目前にあるということを、皆様とも時々お話ししますが、仮に居合を始めたばかりの人であっても、自分より優れたところを必ず見つけることが出来るものです。そういう意味では、達人の技でも、初心者の技でも、見る時は等しく「拝見する」という気持ちが正解のようです。
また、他道場、他流派からも得ることは多々ありますので、独りよがりにならないためにも、新たな学びのためにも、相互の向上のためにも、時には交流が必要だと思います。
昨日は他道場からも、稽古の方、久しぶりにお顔を見せて下さった方、新たな見学の方など、が来て下さって、技談義や意見交換が出来た楽しい一日でした。会水
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