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稽古について思うこと

  • 山崎修明
  • 2018年3月4日
  • 読了時間: 1分

習字でお手本をなぞりますが、 居合に限らず、 努力ではなく、何かをとことん真似していると、新しい発見が生まれます。

普通、目標とする対象を真似るわけですが、その際、目標と自分との間の差異を埋めようとして、色々と比較検討したくなる気持ちも分からなくはないですが、芸術ではない居合にはそれは不向きです。

何故ならば、再現性のない居合技の差異を比較したところで無意味だからです。

そして、それは、現状に気を取られてしまうことにつながり、どうしても今の自分が慣れ親しんだ現状のほうへの思いが強まり、そこに留まってしまうからです。

何事もすべてはイメージから始まるわけですから、現状から離れられないと、目標には到達しにくくなります。

そのためには、一時的にでも、今の状況をすっかり消去して、目標とする技の映像のみに意識を置くことが近道かと思います。会水

 
 
 

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