私が願うこと
私たちの流派は、幸いにも、古来から現代まで正統宗家によってつながれてきましたので、伝えられて来たその技に私見を加えずに稽古すること、そして、和の心や礼儀正しさ等の日本人の特徴的な精神性を大切することを心掛けております。
居合道は元々、敵の不意の襲撃に対応する必要から創案された刀法です。武技ではありますが、「天地万物に和する…」という古人の言葉にも見られるように、攻撃一辺倒なものではありません。
今日でも日本人の心の深層をなしているといわれる武士道精神についても、男性的なものに限らず、その心は「優雅(ゆうが)」にまで及んでおり、その底流には、むしろ、和を重んじる繊細さと穏やかな精神性があります。
居合道もそのような精神に則して、技術と精神の両面から捉えないと、本来の伝承にはつながらないような気がします。
そのためには、先人が創ってくれた繊細、精緻な技とそれが生みだされたときの意思をたどり、その精進を支えた精神性にも思いをはせることは有益なことです。そうすると、そこに安易な私見を挟む余地は見当たらないはずです。
この時代に以上の伝統を守るためには、あまり意識を拡散させず、先ずは自分たちの足元を見つめ直さないと、ゆでガエルの例えのように、気が付いたら伝統を失っていたということになりかねません。
私は、居合道の我が流派が、日本の独自性を失うことなく、末永く残って欲しいと願っております。会水