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無心

  • 山崎修明
  • 2019年12月1日
  • 読了時間: 1分

居合には、無心になれという古来からの教えがあります。

「今、やっている技のことだけを考える」「技をやっている自分のことだけを考える」。

どちらの場合でも、そのことだけに集中し、他のことが何も頭に浮かばないという点で、集中は出来ています。

ですが、それでは、どちらの場合も主体的な技にはなりません。

外に現れた技も、技をやっている自分の身体や自分の心も客体です。本当の意味での主体は、別のところにあるからです。

その主体は、「心とか集中とか身体とかではなく、無心という概念でもない何か」「技をやらせている何か」です。

それが何なのかを追求するのが、無心への道、武の道へ通じる場所です。

その場所は、観念的で手の届かない所ではなく、昨日の稽古でも、各々が短い時間でも存在していた場所、かつて誰もがいた故郷、本籍です。会水

 
 
 

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