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鞘の内
- 山崎修明
- 2019年12月29日
- 読了時間: 1分
いろいろ調べてみると「刀を抜かずして敵を制することが鞘の内である」とあります。
しかし、福井虎雄(聖山)先生は、稽古中に幾度か「鞘離れの瞬時に敵を制すること、これ居合道の極意であり、鞘の内という」と言われました。
居合道は、抜き付けも打ち下ろしも常に瞬時の技ですからうなずけます。
瞬間(一瞬)には、何も存在しないことは、誰しも異論がないところです。
何も無いそこには、誰も付け入る隙はなく、自らも立ち入ることはできません。
そこは、意識も存在しないところで、そこを想像したり、体験したりできないそこです。会水
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