先人との対話
伝統は、先人によって創造されてきたものだが、彼らは今それを語ることが出来ない。
稽古とは、先人の築いた伝統の方を向いてするものだが、今生きている者が逆方向に向かうことでその根拠を見失ってしまう。
今や、語りたくても言葉を発することが出来ない先人に思いを馳せることが稽古の本質である。
今生きている者のみが、この世代を構成しているのだと勘違いして、身勝手に振る舞うことは慢心である。
今や自ら語ることが出来ない先人へ、こちらからの方から歩み寄り、伝統に語りかけ、声なき声に耳を傾けることが文字通りの稽古である。
いくら巧みでも、伝統に依らず、自己に依る技は、もろさと危うさを内包している。会水
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