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本質への分岐点

  • 執筆者の写真: shujuku
    shujuku
  • 2022年7月31日
  • 読了時間: 1分

誰でも、先師の技前のサマライズされたものを学んでいくものだが、そこを更に踏み込むと、それが溶けたかのように透明となり、深奥に隠されていた本質が現れてくるときがくる。


それは、広く全体を覆っていた何かが晴れるような感じで、広く全体に通じていた事柄から、個人的な領域に移ったという印象であろうか。


確かにサマライズされたものには、技前のエッセンスが含まれているが、そのままでは実質は未実現である。


そして、一歩踏み込んで実質が顕現したとき、以前のサマライズされた段階のものとは、別物あるいは異質に見られることもあるが、決して本質から外れたわけではない。2022.7.31会水

 
 
 

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