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溌剌とした技
- shujuku
- 2021年11月14日
- 読了時間: 1分
少しくらい力みがあろうとも溌剌とした技は見ていて小気味よい。
生き生きとした目で前方を見据えて、気持ちを前面に出して切りつける技には見ごたえを感じる。
たとえ力が入り過ぎていても、それは気持ちがこもっている証拠であり、それも緩急の一つだと思うくらいでよいと思う。
そうでなく、とにもかくにも無駄を省くことばかりに固執し過ぎ、いつも静かな落ち着いた技ばかりを追っていると、気勢気迫どころか、力むことさえ出来なくなってしまう。
我が道場の剣士は技に各々の個性が出ていて、見ていて面白い。2021.11.14会水
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