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武士道雑感

有名な新渡戸稲造博士が著された「武士道」は倫理観、道徳観等からの武士の精神性を窺い知ることができる名著です。

ですが、元々は、福井宗家の言葉を借りれば、勇猛邁進の気概をもって戦うという武士の行動規範が武士道であると思います。つまり、戦闘者の思想そのものです。

戦場では、武功をあらわすため、首をはね、耳をそぐといった荒々しく、生々しい行いを伴っていました。

また、唯我独尊、つまり「我こそは」という武士の自立・独立性を示す言葉もあります。

新渡戸博士の武士道論は明治期に著わされたもので、武田流兵学「甲陽軍鑑」の時代とは趣がちがうのは当然のことです。倫理観や道徳観は時代によって変遷するものだからです。

個人的には、戦闘者としての実戦や、明治の初頭まであった仇討や刑罰としての切腹のような具体的行為の形の中にこそ、歴史全般に通底した武士道の本質があると感じます。

(※因みに、居合の開祖である林崎甚助公は仇討のたに剣術に精進し、無双直伝英信流には、切腹の介添えとしての「介錯」の形が伝承されている。)

戦闘者としての武士は、当然、日常的に勝負のための武術を鍛錬し、それが武士道の本質に通じていると見ることも出来ます。

また、武術の勝負においては、士気が重要ですから、それが、武士道精神の根底にありました。

たとえ力量が優れていても、敵に気後れしては勝負には勝てませんので。常に武士には気力の充実が求められたはずです。武士の精神性は、その気力が根底にあったと思われます。

気力が、体中に充満していなければ、胆力が入らず、腰が抜けてしまっていては、その武術は死に物になってしまうとは、武道ではよくいわれることです。

また、士気ばかりでは、単なる勇敢で終わってしまうので、そこに礼節が伴って、はじめて士気が役立つものとなります。

武田流兵学と同時代に創案された居合は気力あふれていたことは想像に難くありません。

居合道において、武士道精神に則るということは、一所懸命に、一刀に気勢気迫を込めて、抜刀することだと考えます。会水

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