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爽やかな技を目指して

  • 山崎修明
  • 2017年6月11日
  • 読了時間: 2分

昨日は一期生の本谷さんが加わり、半年ぶりのメンバー揃っての稽古が出来て嬉しいかぎりでした。そして、久しぶりに個性ある堂々とした正座姿も拝見出来ました。

もちろん他メンバーも個性豊かなのですが、皆、人為的でないところが見ていて爽やかです。逆に個性を消されてしまっているグループも見受けられます。あくまでも流派の掟にはシビアでなくてはなりませんが、いかに綺麗で上手でも、一律な技には刺激がなく、見ていて面白みがありません。以前にも書きましたが創意工夫がないところではそうなります。よい意味で我がメンバーの技は個性的で飽きません。

個性が洗練されてくると、何とも言えない味わいになるのを何度も見てきました。でも、奇をてらったり、動作を誇張したりすると、せっかくの特徴も癖に変わり、一瞬にして全てが嫌味になり品位が下がってしまいます。

我々は、品のある、くどくなく、さらっとした爽やかな技を目指したいのですが、意識的にそれをやろうとしても出来るものではありません。それは自分では見えないし、判るものでもありません。爽やかに見えたり感じたりするのは自分自身ではないからです。

では、爽やかな技を目指すために自分達に出来ることは何か。それは、日々の稽古で、無駄を極力削ぎ落とすこと、心身共に力みをなくすこと、流派の掟に従って稽古すること等々ではないかと思います。会水

 
 
 

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