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武井三次さんが遺してくれた言葉

  • 山崎修明
  • 2017年6月25日
  • 読了時間: 2分

「居合道修塾」の礎を築いて下さった、武井三次さんは、合気道においても、植芝開祖の指導を直に受けられた経験の持ち主で、武道理論に精通した方でした。そして、武井さんは、私達メンバーに対して、いつも穏やかに親しく接して下さり、数多くの学びを与えて下さったことが、昨日のように思い出されます。

武井さんは常々、「歴史を経てきた形(注:かたち、所作)自体が、剣の極意そのもの」「基準(注:伝承された流派の掟のこと)に忠実であることは、鋳型にはめられるようで窮屈な面もあるけれど、それが極意を学ぶことになる」「基準を身につけることが一番の近道」「身体に馴染んで来れば、応用が利くようになる」「折角そこにある極意(注:ここでは角度や寸法など外形的な基準のこと)を身に着けないのはもったいない」等と言われていました。武井さんの指導を受けたことのある方は覚えていると思います。

私たちの稽古場では、技の基準に関することを、意識的な言葉で表現することが多いのですが、いろいろな場所で私が拝見した限りでは、皆さん忘れてしまったのか、あるいは、死語になってしまったのか、残念ながら、昔は頻繁に交わされていたはずの、基準を現した言葉が使われることが稀になってしまいました。その方々は何を手掛かりに指導されているのか、何を伝えたいのか、私には不可思議で理解に苦しむところです。

でも、他事を気にしていても仕方ありません。私は、武井さんの考え方に同感してやって来たので、これからも、基準の大切さを忘れないようにしたいと思います。会水

 
 
 

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