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技の進歩

  • 山崎修明
  • 2018年7月17日
  • 読了時間: 2分

居合で、進歩というと伝統と相反する言葉のように感じます。上達というニュアンスでもなく、あまり具体性がありませんが、「歩みを進める」というと違和感がなくなります。

問題は歩む方向です。

昔、ある居合人が熱心に稽古している方に対して「君の技は古い…」ということを言われました。古き伝統を重んじられる方からの出た言葉に、何か釈然としないものを感じました。もともと古来の技である居合が古いとか新しいとかいうことに違和感があったからです。

居合では通常は「練習」とは言わず、「昔のことを調べること、古(いにしえ)のことを考えること」という意味が含まれている「稽古」を使います。一見地味で発展的ではなさそうな言い方ですね。

しかし、四百数十年の間、代々受け継がれてきた我々の流派の場合、正しく伝承するためには技を微塵も改変しないことが大原則になりますから、伝統をまもるためには常に古に考えを向けていなければなりませんので納得出来ます。

つまり、古来伝承の技と向き合うことが稽古でありますから、先人が残された技に近づくために古を考えることが、古武道における進歩であると思います。

そして、先の居合人が言った「技が古い」というのは、単なる新しい古いという意味ではなく、歩みを進めるべき方向性のことだったのかも知れません。会水

 
 
 

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