居合道における形の意義について
- 山崎修明
- 2019年10月1日
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古来伝承の形には剣の原理が内包されているので、形に忠実な稽古をすることが大切です。
形通りにやることは、鋳型にはめられているようで、少々不自由さを感じるかも知れませんが、形は技術の基本であると同時に極意も含まれているので、それは必要なことです。
つまり、形の中には有形無形の勝負に関わる流派の術が込められているので、細部まで真似ることが稽古のコツと言えます。自己解釈で形を改変してしまっては、元も子もありません。
また、形は、勿論、実戦を想定したものに違いありませんが、現在の私自身の技量の範囲内では、居合で創案された形は実戦に基づいてはいますが、実戦をシミュレーションしたものとは少し趣が違うように感じております。それは、あくまでも伝承を含めて、流派の根幹となる掟を限られた中で編成したものであると私は認識しております。
いずれにせよ、鍛錬によって、形を十分に体現出来るようになれば、どのような実戦にも応用できる。これが形の意義だと思います。
何と言われようと、先人が残してくれた誇りある形の方に自ら歩み寄り、先ず形に自分を合わせて形と一体となれるよう努めることだと思います。会水
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