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居合の見方

  • 山崎修明
  • 2020年1月19日
  • 読了時間: 1分

演武を直接見るのも、ビデオで見るのも、どちらも映像ですから、そこに違いはありません。

見る時に頭や心で見ると客観的になり評価が入ってしまうので、大半を取り逃がしてしまい、十分の一も見えませんから、心を空しくして主観的に見た方がよい。

客観的に見る場合は、全体から個別の順に見るのが効率的であることが分かりますが、主観的にならば、そこに区別や判断は働かない。そうすると、個別と全体の両方を同時に全部いっぺんに見えます。

その時に、一か所にことさらに焦点を合わせないことと、見る対象にしっかりとピントを合わせることには矛盾はありません。

見たものの印象を心に残してはいけませんが、見たものはいずれ誰かが無意識のうちに出現させてくれるので安心です。

本物の居合は無意識のうちに見るものです。会水

 
 
 

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