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武道の姿

  • 山崎修明
  • 2020年5月11日
  • 読了時間: 1分

相撲で横綱が張り手、かち上げを多用することは姿以前の問題だが、近頃、柔道で背筋を伸ばした立ち姿でなく腰を引いていたり、剣道の正眼の構えでの足幅が広めの立ち姿であったりと、武道本来の姿が変わってしまったことは否めない。

残念ながら、それらの姿には、昔日の豪快さや、武道の正当性は感じられない。

本来の武道は、正々堂々と勝負するという互いの暗黙の了解のもとに成り立っているもので、それが武士道論に通じるものである。

ご多聞にもれず、居合道においても、姿勢は崩れ、小手先の技が増え、武士道然とした様が失われている。

こせこせとして品を作ったり、奇をてらったり、動作を誇張するものからは正しい姿は表れない。

真価は歴史を経た流派の掟の中にのみ在り、それに則った姿が技の本質であり、技の本質を追えば正しい姿に行き着くものである。

福井宗家は理に適った技は、概してその姿も綺麗なものだとも仰せられていた。会水

 
 
 

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