宗家訓を思い起こして
入門当初から稽古時に宗家訓が掲げられていた。
「當流の居合を學ばんとする者は、古來より傳承せられ以って今日に及ぶ當流の形に聊も私見を加うることなく、先師の遺された形を毫末も改變することなく、正しく後人に傳うるの強き信念を以って錬磨せられんことを切望する。 剣は心なり。心正しければ剣正し。心正しからざれば剣又正しからず。 剣を學ばんとする者は、技の末を追はずその根元を糾し、技により己が心を治め、以って心の円成を期すべきである。 居合道は終生不退、全霊傾注の心術たるを心せよ。」
拙い私見では、前段は、技前の伝承について述べられ、「剣は心なり」以降の後段では、清明な心の持ちようを説かれ、最後の一行で総括されているように思える。
宗家訓は、全体が一体となっているものであり、どの箇所を欠いても成立しえないものと思える。
それにも関わらず、小生は、前がかりとなり、後段が疎かになりがちだったことを深く反省している。
そして、最後の「居合道は終生不退、全霊傾注の心術たるを心せよ」は最も厳しく、最も重厚なお言葉であると痛感させられた次第である。2022.1.24会水
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