礼式動作の呼称について
- shujuku
- 2023年1月10日
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小生は刀を腰に差すことを「帯刀(たいとう)」、はずすことを「刀(とう)をはずす」と習ってきた。
21代福井宗家の時代までは、指導書を拝見しても帯刀の説明の文章はあっても、刀をはずす動作についてのものは拝見したことはない。したがって音で聞いただけで、「はずす」は、どのような漢字を当てるのかは知らない。
その後、刀をはずす動作を「げとう」(下刀あるいは外刀という文字を当てるらしい)という言葉を用いる方々が増えているように感じるが、小生が師事した江坂静厳先生は、「げとう」という音をすこぶる嫌われていた。外道を感じさせる下品な言い方云々と…
師の教えに小生も同感であり生涯決して用いることはないであろう。
もし下刀という文字を当てると、小生には「下げ緒」や「提げ刀(下げ刀)」がイメージされる。
伝承という意味では、これは些細なこと等ではなく決して変えてはならないことだと思う。
2023.1.10会水
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