初心の頃の間合い
- 山崎修明
- 2020年2月24日
- 読了時間: 1分
初心者が習ったことを忠実にやろうとして、一つ一つかみしめるように抜いているのを拝見していると、懐かしさを覚えます。
しかし、居合に慣れ過ぎてしまうと、いつの間にか一節一節が疎かになり、はじめた頃の純粋さが失われてしまい、惰性で抜いているようになってしまうことは本当に残念なことです。お互いに慣れ過ぎないようにしたいものです。
そうは言っても、これは誰もが何度も通る道のりです。
幾度もかかる、この慣れるという罠から逃れるためには、時々、初心の時に目指していた気分を思い出してみることです。
そのためには、とにかく慌てずに十分な間を取ることを心掛け、無暗に動作を連続させ、何でもかんでも一挙動に纏めてしまわないことです。
要するに、技にメリハリも持たせ、落ち着いて、一節毎に技を締めくくる心持で行うことです。但し、技の流れを切ってしまわないように注意しなくてはなりません。
案外、初心の頃の間合いには、本質が含まれているのかも知れません。会水
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