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正流の継承、それが喫緊の課題です

  • 山崎修明
  • 2020年2月27日
  • 読了時間: 1分

正流を是非とも残したいのですが、技の本質を組織化することは、到底できるものではないので、道場内で粛々とやるほかありません。

将来、メンバーが増えることは望みつつも、大衆化して中味を薄めてはしまっては、元も子もなく、居合には伝統的な口伝といわれるような稽古が適していると思うからです。

また、正流という表現は抽象的で漠然としているので、自分達は、21代福井宗家の技に的を絞っているため、目標が具体的になり、一点に集中することが出来るので、深いところまで踏み込むことができています。

そうすると、漠然と考えていた時よりも、新しい発見があるので、稽古が新鮮となり、得るものも多くなります。

したがって、元立ちの技も稽古毎に変化するので、見る方も大変でしょうが、正流に日々近づいていることを感じながらの稽古には張り合いがあります。変化しないと技は進歩しませんから。

自分達の考える進歩とは、正流の源に歩みを進めることであって、新しさを求めることとは方向が逆です。

いろいろ難しそうに聞こえるかも知れませんが、当道場では無理なく自然にやっていることです。

正流の継承のため、普及させることも、とても大切なことですが、個人的には深堀するほうの道を選んでいます。会水

 
 
 

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